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あるか無いかと問われれば、無い――。作家・柳美里が考える、お金との付き合い方

芥川賞作家・柳美里に聞く「仕事とお金」

お金があるときと、ないときを繰り返す

 父のパチンコ屋があった神奈川県横浜市にある黄金町は、黒澤明監督の映画『天国と地獄』で「地獄」として描かれた場所です。わたしが高1で退学処分になった横浜共立学園は「天国」として描かれた山手にありました。

 伊勢佐木町から黄金町に向かうと、阿佐田哲也さんの『麻雀放浪記』に描かれた「親不孝通り」という裏通りがあります。売春宿や賭場や飯場やヤクザの組事務所が軒を連ねている通りです。

 競馬、ポーカー、一局100万円の賭け将棋などで、父の給料はいつも1週間持たずに無くなりました。

 大負けしては危ない筋に金を借りるので、家には脅迫めいた電話がひっきりなしに掛かってきました。「うるさい!」と父が電話線を鋏でジョキンと切ってしまったこともあります。「ヤクザに刺された」とワイシャツを血だらけにして帰って来たこともあったし、車で外出したまま行方をくらまし、ずいぶん長いこと帰って来ないということもありました。

 父が家にお金を入れないので、母は伊勢佐木町にあるキャバレー「ミカド」でホステスとして働き始めました。母は母でキャバレーの客である男性と不倫関係に陥り、外泊が続くようになる――。

 家に残されたのは、長女のわたし、二人の弟、妹。4人の子どもが家に置き去りにされる、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』を観た時に、既視感がありました。「これはウチの話だ」と。

 とにかく、ジェットコースターのように、お金がある状態から、お金が無い状態に転落する、その繰り返しです。

 父は、博打に勝つと、高級ブランド品を買って来る。爪切りは世界三大刃物工業のゾーリンゲン、ヘアーブラシは英国王室御用達のメイソンピアソン、車は官公庁などで公用車として使われているトヨタのクラウンという具合に。「ブランド品になったのは、物がいいからだ」「高いのには、理由がある」「人は外見で判断する。一流品を身に付けていれば、一流の人間だと思われる」というのが、父の口癖でした。

 わたしは20代の時に、父の誕生日にリーガルの革靴をプレゼントしたことがあるんですが、「リーガルは履かない」と言われてしまいました。

 家の中はゴミ屋敷と化していました。炊飯器の中には入れっぱなしで黄色くなった酸っぱいごはんしかなかった。着た服と着ていない服で床の畳は見えず、衣服の山の上に食べこぼしや缶詰が転がっていた。缶詰は、父がパチンコ屋の景品を交換所から持ち帰って来るので豊富にありました。パイナップル缶、桃缶、ミカン缶――。

 

 うちには父が買って来る動物がたくさんいました。ニワトリもいたんですよ、横浜の住宅街のど真ん中なのに。近所から苦情が絶えず、通報があったんでしょうね、保健所の職員もやって来ました。父は「うちは卵を食べて生きてるんだ!」と怒鳴って追い返しました。近所の誰かに石を投げられ窓ガラスが割れたこともあります。

 そんな家庭で、わたしは育ちました。

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柳 美里

ゆう みり

1968年生まれ。高校中退後、東由多加率いる「東京キッドブラザース」に入団。役者、演出助手を経て、86年、演劇ユニット「青春五月党」を結成。93年『魚の祭』で岸田國士戯曲賞を最年少で受賞。97年、『家族シネマ』で芥川賞を受賞。著書に『フルハウス』(泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞)、『ゴールドラッシュ』(木山捷平文学賞)、『命』、『8月の果て』、『雨と夢のあとに』、『グッドバイ・ママ』、『JR上野駅公園口』、『貧乏の神様』、『ねこのおうち』、『まちあわせ』他多数。

写真/大森克己



 

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